大正天皇が崩御されたのが、大正15年12月25日で、昭和元年は31日までの6日間だったというのをご存知でしたか?天皇の崩御というと、昭和天皇が崩御されたのは昭和64年1月7日で平成元年になり、1月だったということもあり、どの家もカレンダーは昭和64年のままで使いましたな。「昭和」を線で消して「平成」に変えるゴム印が販売されたりもしましたな。てな訳で、1月から始まった平成元年とちがって、昭和元年はすぐ終わり、昭和2年に入ったのであります。
では、「昭和歌謡」の歴史は、昭和2年から始まったのでしょうか?ところがそうではないのですな。ちょうど昭和2年当時は、まだ国内にレコード会社は数社あったのですが、資本力と技術力がなく、大正14年から始まったラジオ放送に国民の関心が集まっておりました。その頃は、関東大震災からの復興で日本経済建て直しの真最中で、国内品使用奨励政策とやらを進めていたために、輸入レコードに10割の輸入関税が課せられ、外国のレコード会社も困っておりました。
大正15年には、NHKが設立され、ラジオ番組も充実し、いろんな音楽が流れるようになりました。しかし、リクエスト番組はなく、聴いている者からすればいつどんな音楽がかかるかわからない。自分の好きな音楽を聴き逃すことが多くなってきます。そうなってくると、ラジオで流れていた曲を、レコードで聴きたくなるというのが人間の心情ですな。そこで、国内のレコード会社は、資本力・技術力のある外国のレコード会社と組もうという動きが出てきます。
昭和2年5月に阿南商会がドイツのグラモフォン社と契約を結び、日本ポリドールレコードを設立、9月には米国のビクターが日本ビクターを設立、日本蓄音機商会が英国と米国のコロムビアレコードと手を握って、昭和3年1月に日本コロムビアレコード会社を設立しましたな。
昭和歌謡は、レコード会社が整って始まります。ということは、昭和3年からということになります。昭和3年には、「波浮の港」(野口雨情作詞、中山晋平作曲、佐藤千夜子・藤原義江歌)が日本ビクターレコードから発売され、大ヒットしたのであります。